詳しくは書けませんが、結構、複雑な家庭で育ちました。
パッと見、世間知らずのお嬢さん(…って、歳でもないか^^;)に見られがちなのですが、人のいろんな感情の挟間の中で成長させて頂いたので、涙もろいのは、そんなことも影響してるのかも…と、この歳になって思っています。
複雑な家庭だったけど、親からの愛情はたっぷりもらいました。
苦労が多く、いろんな摩擦も多い家庭だったけど、母の明るさと気丈さが、私と姉を支えていたんだと思います。
母の人生は、50歳で亡くなるまで、本当に波瀾万丈だったと思います。苦労の多い人生だったからかどうかはわかりませんが、母は「人」が大好きな人でした。
だから、私の友人たちとはもちろん、同級生の、ちょっと悪さをしていた男の子たちとも仲良しでした。
友人たちは、今でも時々、「おばちゃんが生きてたら、相談できたのにー」と言ってくれる程です。
たまたま今夜、幼なじみから届いたメールの中にも、そう書いてあって、とても嬉しかったです。
今日は母の命日。そんな言葉をかけてもらうことが、何よりの供養だと思います。
そして、亡くなって21年経った今でも、そうやってみんなの心に残っていてくれてることを、娘として誇りに思います。
こんにちは、佐原です。
お母様のご命日だったんですね。
僕は、人はたとえ亡くなっても、周りの人の心の中に生き続けることはできると思っています。
きっと内田さんのお母様は、たくさんの人の心の中で生きていらっしゃるんでしょうね。
僕は1月に母を亡くし、4月に100ヵ日法要を済ませたのですが、その後事情があって祭壇の前で手を合わせていません。ホントは毎日でも手を合わせに行きたいと思っています・・・。
でもここ数日前からは、別に祭壇で向かい合わなくても、いつも僕の心の中に生きていてくれればそれでいいと思うようになりました。
幼い頃、母と一緒に出かけた町へ行ったり、大好きだった曲を聞くと未だに涙が溢れてきます。でも、その思い出はどれも楽しかったことばかりです。だから泣かずに笑って前向いて歩いていきたいと思っています(^^
なんか、あかんたれコメントになってしましました・・・すいませんm( _ _ )m
タクシーママ、よくわかるよ。
僕んちも、大変な家庭だったから・・。
そして、お袋はもういない。
佐原さん、こんばんは。
私も忙しさにかまけて、お墓参りや仏壇に手を合わせることを、時々サボっています。
でも、1日たりとも、母と父のことを忘れたことはありません。逆を言えば、いつも父と母は私の心の中にいます。
それは20年経っても30年経っても一緒だと思います。
佐原さん、お母様との想い出、大切に胸にしまっておいて下さいね。時々想い出して泣いてもいいじゃないですか!それは弱さの涙ではなく、やさしさの涙だと思いますよー。
子どものころに感じた、大人のいろんな感情。それは、今、私の糧となっています。
やさしく、強く、生きていきたいと思っています。