いよいよ梅雨本番。今週はずーっと雨の予報。21日もしっかり傘マーク。仕方ないか…。
雨の日曜日は、1日中、子どもたちの声が家の中で響き渡ります。夕方近くになると、さすがに「少し静かにしなさーい!」と私の声が響き渡り…。
先週、娘の小学校の校長先生からのお便りの中で、「こどもの日」にある新聞に掲載されたコラムの記事のことにふれてありました。『昨年、東京地裁八王子支部が公園の子どもの声を「騒音」と認定したとこと、公園や校庭で遊ぶ子どもの声に対する苦情が寄せられ、遊ばせる時間を縮めた学校があること、そしてさらに「音」に対する苦情は「大晦日の除夜の鐘」にも寄せられ、日本的な風景の回路が変調をきたし始めていること、「子はかすがい」というが隣近所や地域にとってのかすがいでもあってほしいとの記事を皆さんはどのように思われるだろうか』・・・と。
人と人とのつながりを断ち切りたい思いが、「声」や「音」に対してもそうさせるのでしょうか。
ごくわずかな一部の人たちの反応であるにしろ、こんな話が、子育てをしにくい世の中の1つの要因になっていることは間違いないと思います。
子どもたちの明るい声が響かない社会に明るい未来があるのでしょうか?
校長先生からの学校通信に、ふと改めてそんなことを考えた日曜日でした。
バイカー修です。
こういう社会現象に「末期文明の兆候」がでるんですよね。
人間社会もマスでみると、少子化もじつは「社会要請」なんですね。
こういう子どもや弱者を「社会の害悪」って見方をする行き過ぎた合理主義と、自己中心主義の人がいかに多いかってことですよね。
バイカー修ちゃんは今はやりの「モンスター・ペアレンツ」も社会に対して文句言っているというよりも、子どもに対する一種の暴力だと思っています。
「子育てタクシー」のNHKの番組見ましたよ!
たまたまTVつけたら「あ!子育てタクシー」だって!ていう娘の発見でした。
おはようございます。バイカー修さん。
先日行った講演会の中で、「子どもは言うごとは育たん。するごと育つとたい」って言われてたのを思いだしました。
「モンスター・ペアレンツ」が社会に対して文句を言ってる、その親の姿を子どもたちは見て育っています。そう考えると、バイカー修さんが言うように、「モンスター・ペアレンツ」と呼ばれる大人たちは、社会に対してではなく、自分の子どもに対して暴力をふるっていると言っても過言ではないと思います。