最近の子ども達の間から、あだ名が消えていってるそうです。身体的特徴や性格を表すことが多いあだ名は、いじめの対象にもなりかねるので、学校では「○○さん」と意識して呼ばせているところも。そう言えば、うちの娘の学校でも、みんな「○○さん」と呼んでいるなぁ〜。
皆さんのあだ名、何でしたか?私は実に多くのあだ名経歴を持っています。
「ニンニ」…小さい頃自分の事をこう呼んでいたそうで、今でもいとこ達は、私の事を「ニンニ」と呼びます。
「ばばあ」「おばちゃん」…小学校の頃。決していじめられていたわけではなく、子供なのに妙に落ち着きはらっている私が年寄りくさく見えたところに起因してるそうです^^;
「ミミズ」…旧姓が「シミズ」だったので、それをもじって。…単純。
「ドラミちゃん」…体型も顔もマルマルとしていた頃。小さいころではなく、うら若き乙女時代。
「うっちー」…全国子育てタクシー協会の中橋事務局長の機嫌のいい時の呼び方(笑)
「てるみさん」…これはあだ名ではないか…^^;
「学校や親がいじめの要因ととらえ始めたことや、最近の子どもたちの遊ぶ時間が減ったことで、あだ名で呼び合うほどの友人をつくりにくくなった」と日経新聞の記事が伝えていました。
もちろん本人が嫌がる身体的特徴などを示したあだ名はダメでしょうが、コミュニケーションを深める手段としてのあだ名はあってもいいのではないでしょうか?
以前、子育てタクシーをご利用いただいているお客様に、こちらの不手際でご迷惑をおかけしたことがあり、お詫びに出かけた時のことです。
ドライバーと共に「すみませんでした」と頭を下げたところ、お客様が「大丈夫ですよ。杉ちゃん、あっ、すみません。私と娘は(担当ドライバーの事を)杉ちゃんって呼んでるんです」とおっしゃって下さったことがありました。
ドライバーと子育て家庭の距離が縮まっているように感じられ、とても嬉しく思ったのを憶えています。
いじめなどの悪い一面ばかりを捉えて、何でも一律にダメと言ってしまうのではなく、子どもたちを信じ、与えてみる事も必要なのではないかと思います。
人間関係が、これ以上希薄になっていくような社会をつくってはいけない。あだ名がすべてではないけど、あだ名が消えゆく記事を見て、そう思ったのは私だけではないと思いますよ。
タクシーママはあだ名満載だねえ。
ちなみに僕は、子供のころから、男女問わず「修ちゃん」と言われてましたね。
小さいころは親戚からは「しゅんぼう」って言われてて、自分では「ちゅんぼう」ってしか言えず、「ちゅんぼう」って呼ぶ親戚もいまだにいます。
この前、長崎の老舗スナックにお客さんからつれていってもらったらそこの美千代ママから、「あら〜!!あなたマーちゃんの息子のあのちゅんぼうじゃない〜!!」って言われました。
僕は小さいころから夜の店によく行ってたんです。
ちなみに僕は今でも両親を、パパ、ママと呼んでます。ママはもういないけど。両親同士は僕の前でも「マーちゃん、ヒロちゃん」と呼び合ってました。
すごいですね〜。友達から、「修ちゃんの家はハイカラ〜(死語!)」って言われてました。
親がバンドマンだったから、確かにあかぬけてたかな〜。
こんにちは。バイカー修さん。
今でも「パパ」って呼んでるんですね?すごいな〜。ハイカラだ〜って、冴えないコメントですみませんm(__)m
はじめまして、peace4u スギヤマと申します。
修サマのご紹介で、拝読させていただいております、、。
あだ名が少なくなっているようですね。
人見知りする性格のぼくにとって、相手をあだ名で呼ぶことが、親しくなるコミュニケーションの第一歩でした。やはり、あだ名で呼び合えないと、友達にはなりにくいですよね。
ちなみに、ぼくは「シオちゃん」でした。(本名は、、40男にしてそんな名前ありかよ !? という名前です。修サマからお聞きください。)
peace4u スギヤマさん、はじめまして!ようこそいらっしゃいました!嬉しいな〜。
あだ名が消えゆくなんて、寂しいですよね、やっぱり。うちの娘が友達の事を「○○さん」なんて呼んでいるのを耳にすると、なんかよそよそしくて、逆に心配になったりするんですよね。
大人の観点から「悪い」と思うものをすべて排除していくことに、少々疑問を感じています。使う手段や方法を教えずして、子どもたちに与えることをやめてしまう。そんな社会になってきてるような気がします。
peace4u スギヤマさん、うちに遊びにいらっしゃる時は、昔に戻って「シオちゃん」でどうでしょう?
気になる本名は、バイカー修さんに聞いてもいいですか?