先日から、ボチボチ読んでいる「カンブリア宮殿」の中で村上龍さんが「夢と目標について」こんなことを書いていました。
『夢という言葉には、願ったり念じたりすれば叶うもの、といったニュアンスがある。また叶わなかった場合でも、「夢だったんだからしょうがない」という弁解が可能だ。夢を追いかける、夢をあきらめない、という表現があるように、夢というのは遠くにあって、しかも特別なもので、それが自分の中でいつ現実になるのかはっきりしない。また夢が実現せずに夢で終わった場合でも、それが誰のせいなのかもよくわからない。
目標は違う。目標ははっきりとした実現で、それは叶うものではなく達成するもので、達成できないのは100%自分のせいだ。現在の日本社会には夢という言葉が溢れかえっているが、それは国家的・社会的希望が近代化と成熟化によって消失し、自ら希望を設定しなければならなくなった個人の「逃避先」として使われているのだと思う』
今年41歳になった私は、「目標」を「夢」という都合のいい言葉に置き換え、ちょっと逃げていたかなーと反省。
夢は大事。でも、多分人生の折り返し地点を過ぎた私達の年齢のこのステージでは、何を「目標」としていき、それを達成するためには何をするべきなのかを明確にしていく必要があると思います。
祈るだけでは叶わない目標を達成すべく、自分に何を課していくのか…。
…と言っても、「目標」を見つけられない人もいるでしょう。「夢と目標について」はこんな文章で締めくくってありました。
『私は目標を見つけ努力を開始するための条件として、「自分にむいたことに出会う」ことが必要だと思うのだが、渡邉氏(ワタミ社長)は「まず必死でやってみる」のが先だと言った。見解の相違というより、コインの裏表ではないかとも思うが、ひょっとしたら経営者と作家の戦略的相違なのかも知れない』
「経営者と作家の戦略的相違」とは、さすが作家!素晴らしい表現だと思ったのですが、目標を見つける条件は、私はどちらもアリだと思います。ただ、「自分にむいたことに出会う」にしても「まず、必死でやってみる」にしても、日頃からアンテナを張っておく必要があると思います。
そのために、日々、ボーっと生活しない!って肝に銘じているつもりなのですが、今日は夜勤明けの2時間睡眠で、さすがにボーっとしている私です。トホホ。
(すみません^^;、いい事書こうと思ったのですが、こんなオチになってしまいました)