原爆投下直後に、アメリカ軍の報道写真家ジョー・オダネル氏によって撮影された写真です。
以下はジョー・オダネルのコメントです。
佐世保から長崎に入った私は小高い丘の上から下を眺めていました。すると白いマスクをかけた男たちが目に入りました。男たちは60センチほどの深さにえぐった穴のそばで作業をしていました。荷車に山積みした死体を石灰の燃える穴の中に次々と入れていたのです。10歳ぐらいの少年が歩いてくるのが目に留まりました。おんぶひもをたすきにかけて、幼子を背中に背負っています。弟や妹をおんぶしたまま、広場で遊んでいる子供たちの姿は当時の日本でよく目にする光景でした。しかし、この少年の様子ははっきりと違っています。重大な目的を持ってこの焼き場にやってきたという強い意思が感じられました。しかも裸足です。少年は焼き場のふちまで来ると、硬い表情で目を凝らして立ち尽くしています。背中の赤ん坊はぐっすり眠っているのか、首を後ろにのけぞらせたままです。少年は焼き場のふちに5分か10分も立っていたのでしょうか?白いマスクの男たちがおもむろに近づき、背中の赤ん坊をゆっくりと葬るように、焼き場の熱い灰の上に横たえました。まず幼い肉体が火に溶けるジューという音がしました。それからまばゆい程の炎がさっと舞い立ちました。真っ赤な夕日のような炎は、直立不動の少年のまだあどけない頬を赤く照らしました。その時です。炎を食い入るように見つめる少年の唇に血がにじんでいるのに気づいたのは、少年があまりキツくかみ締めているため、唇の血は流れることもなく、ただ少年の下唇に赤くにじんでいました。夕日のような炎が静まると、少年はくるりときびすを返し、沈黙のまま焼き場を去って行きました…。
62年前のあの日、この長崎にこの少年はどんな思いで立っていたのでしょうか・・・。
「戦争とは・・・、平和とは・・・」なんて声高に叫ばなくても、この少年の怒りにも似た悲しい表情に胸を突かれる思いです。
長崎県美術館で7月13日より報道写真家ロバート・キャパの作品展が開催され、その特別出品作としてこの写真が長崎で初公開されます。
私も2人の子ども達を連れて行こうと思っています。
実は、この写真展の広告に掲載されていたジョー・オダネル氏の写真を娘に見せ、コメントを読んであげました。読んでいる私も、途中で胸が一杯になり声にならなかったのですが、普段あまり泣かない娘が声を出して泣き始めた事に驚いてしまいました。
娘が何を感じたか特別な話はしていませんが、きっと裸足で立っている少年に自分を重ね合わせ、背負っている幼子に弟を重ね合わせたのでしょう。
長崎原爆の日まであとちょうど1ヶ月。長崎で生まれ、育ってきた意味を改めて感じていこうと思っています。